トークスキルを5分で爆上げ!歴史編①

トークスキルを5分で爆上げ!歴史編①
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どーも皆さんこんばんわ。

ゲーム探偵でおなじみ、ガンダルフと申します。

 

今回もトークスキルを上げるべく、ネタの発掘作業に取り掛かりましょう。

 

 

私は、いいネタや鮮度の高いネタに出会うと、誰かに話していると想定してネタの持って行き方を作りこみます。

 

ここまで話すには、前提としてこの情報を知らないと・・・

ココにオチをぶつけたら・・・いや、もっと笑えるのはこっち・・・

そりゃもう何度も何度も

 

一番相手に響く流れを構築しないと気が済みません。

そのうえで、相手にネタをぶつけてみてまた軌道修正にとりかかります。

 

ブログって、リアクション見えないから

ちょ~怖い

 

さぁ、今日もウケていると信じて、ネタの方に行ってみましょう!

 

トークスキル即上げ講座:歴史編①

 

昔から変わってない「性欲求」

歴史ってどうやって調べるかと、残されている手記や本、その時代の地層から出土した特殊なアイテムたちを見て、「こんなもんが使われてたんだ」とか「こんなことがあったんだ」という

妄想

を繰り広げるんです。

同じ地層からもっと発達したものが出てきたら、過去の妄想が間違っていたか、他の理由でそこに置かれていたか。

歴史は簡単に変わってしまいます。

 

オーパーツ(歴史にそぐわない技術のアイテム)

アーティファクト(古代の遺物)

これらはよく聞きますが、中でも特殊な出土品。

それは「ディルド」

いわゆる女性用のオナニーグッズ。

ウドカズラという植物で出来た直径3㎝、長さ18㎝で反り気味の形状。

出てきた場所がまたスゴイ。

今から1300年ほど前の首都、奈良県にある平城京の中。

大膳寮(だいぜんりょう)という宮廷の食事を司るところのゴミ捨て場。

采女(うねめ)と呼ばれる独身女性約60人で構成される、いわば巨大キッチンの中で発見されます。

「続日本紀」の記述によれば、当時の宮中では昼夜関係なく「アハ~ン」や「ウフ~ン」な声が上がってたようで・・・

 

ま、多くはいいませんが・・・

キッチンでオナニーって衛生的にどうなのよ。

【ウケ度①・3・5】

 

日本人の知らないアメリカの「皇帝」

 

ジョシュア・エイブラハム・ノートン

(1819年~1880年1月8日)

 

アメリカってそもそも帝国じゃないんで、皇帝はいません。

アメリカにいるのは大統領。

でもいたんです。19世紀に伝説を生んだ「皇帝」が。

 

ノートンはそもそもイギリス人で、1849年頃にアメリカはサンフランシスコに渡って土地の売り買いで大儲けした人。

でもそのあとにペルー産の米取引で大失敗。1858年に破産申告。

ココから彼は狂人になります。

この頃からノートンは自分の事を「皇帝である。」と言い始め、”ノートン1世”を自称します。

アメリカの政治体制に不備があると言い出し、それを「絶対君主制」に変えて解決してやろうと、サンフランシスコの新聞各社に「合衆国皇帝」になる宣言書を送り付けます。

 

新聞社大爆笑。

 

全社いたずらとして取り扱った中で、サンフランシスコ・コール紙がこの宣言文を紙面に載せました。

 

大多数の合衆国市民の懇請により、希望岬なるアルゴア湾より来たりて過去九年と十ヶ月の間サンフランシスコに在りし余、ジョシュア・ノートンはこの合衆国の皇帝たることを自ら宣言し布告す。

ーーーーーーー合衆国皇帝ノートン1世

ノートン一躍有名人 

 

ノートンはその後も新聞社へ政府を批判する「勅令」を出し続けて、そのたびに新聞で取り上げられ、市民から好評を得て・・・

もはや大スターの地位まで駆け上がります。

 

ノートンはお金に困ると、「帝国国債」を1枚50セントで売り始めます。

これは10ドルの帝国国債

みんな、それを買ってあげる。

 

中には、ほとんど金もないのに高級レストランで食事して、お代を無料にしてもらう。

そのレストランは入り口に「合衆国皇帝ノートン一世陛下御用達」と書いたブロンズプレートをぶら下げる。

このプレートが、お客を呼ぶ呼ぶ(笑)

 

セントラルパシフィック鉄道の食堂車で食事をした際、「皇帝」に対し支払いを求めたことが不興を買って、「勅令」によって営業停止命令を出したら、市民が「皇帝」を支持したため

鉄道会社は金色の終身無料パスを出して公式に謝罪したり。

 

まさに「皇帝」

 

1880年に「崩御」したノートンですが、その際も新聞各社は

「みすぼらしい敷石の上で、月のない暗い夜、しのつく雨の中で…神の恩寵篤き合衆国皇帝にしてメキシコの庇護者ノートン1世陛下が崩御された」

と掲載し、

「彼は誰も殺さず、誰からも奪わず、誰も追放しなかった。彼と同じ称号を持つ人物で、この点で彼に立ち勝る者は1人もいない」

と評した追悼記事を掲載しました。

その葬儀には3万人もの彼を愛した市民が訪れ、墓石には「ノートン1世、合衆国皇帝、メキシコの庇護者」と刻まれている そうです。

 

【ウケ度1・3・⑤】

 

 

自殺ブームが起こった山「三原山」

日本に数ある自殺の名所

中でも年間1000人の自殺者を生んだ狂気の山があります。

 

 

1933年にあった事件で、富田昌子という女性が親友に頼み込まれて三原山の火口に身を投げるところを見届けました。

その親友は、以前から家族や親友に「19歳になったら死ぬ」「自分の死体は人目にさらしたくない」 と話していて、富田昌子自身もご家族と共に親友を引き留めていましたが、最後には何故か投身自殺を見届けています。

 

もちろん事件になったんですが、この事件をよくよく調べてみると

一か月前にも富田昌子は友人の三原山投身自殺を見届けているってことが判明しました。

 

 

この一連の事件を猟奇殺人事件だと報道したことで、富田昌子は人前に姿を出さなくなり・・・

1933年4月29日、埼玉県の実家で変死しました。

何故自殺に立ち会ったのか、二人の自殺の真相は。

全て闇の中。

 

これにより、三原山は自殺の名所として有名になります。

 

1933年、三原山では男804人・女140人の計944人もの人が飛び降り自殺しました。

1933年12月16日の三原山噴火を契機に自殺は止んだそうです。

山の怒りだったんでしょうかね。

 

ウケ度【1②3・5】

 

 

いかがでしたか?

話のどこを端折るか

追加情報は入れるべきか削るべきか

静かに感情を込めるか、興奮を込めるか。

具体的判断は皆さんにお任せします。

このジャンルのネタが欲しい!といった質問、要望はコメント欄にお願いします。

それでは、これを使って明日の主役になりましょう。


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