ザ・ベビーシッター:遺体を人知れず処理する異常性の持ち主はどこへ消えたのか【世界の未解決事件】

ザ・ベビーシッター:遺体を人知れず処理する異常性の持ち主はどこへ消えたのか【世界の未解決事件】
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どーも皆さんこんばんわ

ゲーム探偵でおなじみ、ガンダルフと申します。

 

インフルエンザが流行し始めましたね。

体調管理は大丈夫ですか?

私の場合は独り身ですので

インフルエンザ = 死

という構図がなりたってしまうため、絶対にかかるわけにはいきません。

 

日常を管理してくれる人がいれば。

そう思うこともたまにはありますが、こんなサイコパスを知ってるとそう簡単には・・・。

 

というわけで今回ご紹介するサイコパスはコチラ。

 

ザ・ベビーシッター

1976年から1977年まで、ミシガン州オークランドにいたとされる殺人鬼の通称です。

 

最初の事件

1976年2月18日、マーク・ステビンズ(12歳)が、アメリカン・レギオン・ホールを出たのを最後に消息を絶ちました。

彼の遺体は2月19日に発見され、ビルの駐車場の雪の中でキレイに寝かされていました。

死因は絞殺、レイプされた痕跡も残っており、側頭部には二つの裂傷がありました。

両手首と両足首にロープの跡がハッキリ残っており、服は最後に目撃された時と変わっていませんでした。

特徴的なのは

 

 

この遺体、全身がキレイに洗浄されていたんです。

自分の痕跡が遺体から出ることを避けるためだと思います。

この、赤ちゃん介護のような行為があだ名の由来になります。

 

第二の事件

1976年12月22日、ロイヤル・オークにすむジル・ロビンソン(12歳)が、夕食について母親と口論した後にリュックを背負い失踪しました。

彼女の自転車は、その街の大通りにあるおもちゃ屋付近で発見されましたが、彼女の姿は12月26日になるまで発見されませんでした。

 

早朝、トロイのビッグビーバー・ロードの高速道路沿いで見つかった彼女は、顔に12ゲージのショットガンを1発受けてうつ伏せに倒れていました。

着衣は乱れておらず、リュックを背負った状態。

ですがその着衣の下

身体は丁寧に拭かれていたんです。

おそらくは、服を一度脱がせ全身を拭いた後に、もう一度服を着せています。

しかし異様なことに、レイプ痕は見つかりませんでした。

 

第三の事件

1977年1月2日バークレイの12・マイル・ロードにあるセブンイレブンで雑誌を買いに行ったクリスティーン・ミヘリッチ(10歳)は、3時間後に母親から行方不明になったと警察へ告げられます。

19日後、フランクリンビレッジの道路わきで、また着衣の乱れがない状態の絞殺体を発見。

その姿はまるで棺桶に寝かされたかのように、胸の前で腕をクロスし、目が閉じられていました。

遺体を丁寧に拭く共通点は今回も変わらず、解剖の結果により、遺体発見から24時間未満の間に亡くなったことがわかりました。

 

第四の事件

姉から借りた30セントを手に、スケボーに乗ってキャンディーを買いに行ったティモシー・キング(11歳)

店を出てスーパーの駐車場を抜けたところで、彼の目撃証言は途絶えています。

これまでの事件により、マスコミを賑わせていたザ・ベビーシッターの所業を止めるべく、広範囲による報道が行われ、テレビには彼の父が無傷での開放を誘拐犯に求めます。

新聞には、「ティモシーがすぐ帰ってきて、彼の好物ケンタッキーで一緒に食事することを望む」と父からのメッセージ。

 

結局は願いも虚しく、リヴォニアにあるエイトマイルロードから南に91.5メートル進んだところにあるギルロードに沿った浅い側溝で彼の遺体を発見します。

レイプ後に絞殺されたようで、スケボーは丁寧に拭かれた遺体の横に並べられ

服にはとうとうアイロンまで。

 

解剖の結果、彼は最後にフライドチキンを食べていたことが分かり、遺体が発見される6時間前に死亡していることが分かりました。

 

同じ期間に、オークランド周辺で拉致や殺人が起こっていますが、特に共通点が多いこの4件が、ザ・ベビーシッターの犯行だと考えられています。

 

犯人捜査の流れ

事件の連続性が注目されたのは、三件目のクリスティーン事件以降。

ティモシー事件の後、スケートボードを持った少年がドラッグストアの駐車場の男性と話しているのを見たという証言もあり、犯人のモンタージュ画像と、白いサイドストライプのあるAMCグレムリンに乗っていたと発表されます。

警察官、聖職者または医者のような”子供に信頼される”、”移動の制限が無い”職業についているとプロファイルがされ、最長で19日間子供を隔離しておける施設を所有しているという犯人像も公表されます。

 

しかし、犯行はココでストップ。

犯人を特定するまでには至りませんでした。

 

容疑者たち

アレン:

ティモシー事件の数週間後、捜査に参加していた精神科医ブルース・ダント博士が一通の手紙を受け取ります。

綴りが成熟していない文字で、自らをアレンと名乗り、雇用や自立生活に問題がある人の救済施設”OCCK”のメンバー「フランク」のルームメートでSM奴隷であると書いてありました。

アレンは「フランク」が子供を求めてAMCグレムリンに乗っての旅行に出た際、それに同行していたと述べており、同行中子供を誘拐することはなかったが、AMCグレムリンは「二度と見られないようにオハイオで捨てた」と述べました。

 

アレンとフランクはベトナム戦争に従軍し、子供たちが戦争で殺されていくことに憤りを感じ、裕福な子供を狙っていたといいます。

 

警察は、その日曜日のFree Press版に掲載されている 「天気局は、3週間で花が咲くと告げた」というワードを印刷して「ポニーカートバー」に接触し、証拠写真を提出してくれれば、司法取引をするとアレンに伝えました。

バーは扮装した精神科医と警察によってほぼ満員状態にされていましたが、アレンが現れることはありませんでした。

 

アーチボルド・エドワード・スローン

1966年のポンティアックボンネビルで男の子をレイプした小児性愛者。

ティモシー事件とマーク事件で見つかった毛髪サンプルが、彼の物を一致しましたが、その他の事件とは一致せず。

スローンは、同様の趣味を持つ友人に車を良く貸していたとされています。

クリス・ブッシュ

ゼネラルモーターズの上級幹部の息子。

ティモシーが誘拐される直前まで、児童ポルノ関与の疑いで警察に拘留されていた過去がありました。

1978年11月に自殺。

自殺現場のアパートでは、マーク・ステビンズが苦しみながら叫んでいる様子が壁に血で描かれていました。

彼の死後、オークランド州での児童殺人は発見されていません。

 

ジェームズ・ヴィンセント・ガンネルズ

クリス・ブッシュによって性的暴行を受けていたティーンエイジャー。ブッシュはその罪で有罪判決を受けていました。

ガンネルズの毛髪は、クリスティーンのブラウスに付着していた毛髪と部分的にDNAが一致しています。

 

ジョン・ウェイン・ゲイシー

警察は、有名なシリアルキラーであるジョン・ゲイシーが「ザ・ベビーシッター」である可能性を調査していました。

1977年のティモシー誘拐の証人は、ティモシーと二人の男を見たことを後に思い出したと言いだします。

1人は20代後半の青年、もう1人はゲイシーに特に似ているとされ、ゲイシー自身もこの事件のあった際にミシガン州にいたとされています。

2013年に行われたDNA鑑定では、ゲイシーとオークランドの一連の事件を関連付ける物は見つかっていません。

 

 

まとめ

・・・書きすぎて分析に掛ける余力がない。

最初は、レイプの痕跡を残さないよう遺体を洗浄したのかと考えていましたが、第二、第三の事件ではレイプは行われていませんでした。

しかし、遺体洗浄の共通点は継続しており、最後には服にアイロンまで掛ける念の入れよう。

アイロンを掛けたということは、服は一度洗濯された可能性があります。洗濯を必要とするような痕跡を残してしまったと考えるのが無難でしょう。

精液でも付着してしまったんでしょうか。

もしくは被害者に段々と、愛情をもち始めたという異常精神の現れでしょうか。

 

第四の事件で見られたレイプ痕と、それ以降の犯行が見られない点から、犯人は犯行に対して深い後悔をした可能性があります。

それか、もしくは話をすり合わせていた二名以上の犯行か。

 

容疑者のアレンは疑わしく思います。 

報道が活発だった時期に手紙を送ってくるという行為から、目立ちたがりの愉快犯であるという考えは拭えません。

 

この事件

いまだに捜査が継続されています。

捜査が進展した際は、またコチラのブログに載せたいと思います。

 

 


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