ジョン・ゲイシー②:ピエロのポゴは、檻の中でも彼を笑わせたのかもしれない。

ジョン・ゲイシー②:ピエロのポゴは、檻の中でも彼を笑わせたのかもしれない。
Pocket

どーも皆さんこんばんわ

ゲーム探偵でおなじみ、ガンダルフと申します。

 

 

昨日の続きから行きましょう。

 

ジョン・ゲイシー

(1942年3月17日~1994年5月10日)

本名:ジョン・ウェイン・ゲイシー

世を忍ぶ仮の姿を持ったサイコパス

別名:キラー・クラウン

 

ゲイリーの異常行動

1976年3月、二番目の妻キャロルと離婚が成立。

「夫の気分屋な態度と、家に集められた同性愛系の雑誌への執着が、もう耐えられない」という理由でした。

 

1978年12月12日には、地元のデスプレーンズ薬局で働く、ロバート・ピエスト(15歳)が行方不明になったことで、警察がゲイシーの家を家宅捜索することになります。

ロバートの失踪前に一緒にいたところを、ゲイシーは目撃されていました。

警察は調査の結果、「児童暴行の前歴」があるゲイリーに対しすぐに捜査令状を取得。

 

家には『偉大なるフェラ』、「アナルセックス」といったゲイポルノ。使用済みの肛門用バイブレーター。

しかし、それより気になったことが。

地下のクロールスペースの異常な悪臭です。

 

それでもめげないゲイシー、下水道の欠陥であると証言し警察を追い返しました。

地元の有力な民主党員であることを傘に、警察の追及を退けます。

しかし、警察は押収した品目を見直しているうちに、とんでもない事実に気が付きます。

押収した指輪の一つが、一年前に姿を消した別の少年のものだったのです。

 

やがてゲイシーは、ガソリンスタンドの顔なじみ店員へマリファナを渡していたという罪で現行犯逮捕。

実は警察に張り込まれていたことを理解したゲイリーは、自分のこれまでの罪を自供し始めました。

すぐに警察は家宅捜索令状を手にゲイリーの家へ向かいます。

 

床下には、29人の石灰に包まれた遺体がキレイに並べられて埋められていました。

他にも4人、床下にスペースがないため近くのデス・プレーンズ川に捨てたとの証言もあり、ロバートの遺体はそこから引き揚げられました。

ほとんどの被害者は男娼であり、最も若い犠牲者は9歳でした。

 

遺体は全て腐りきっており、床下に入った警官達の制服は衛生的に危険視され着用不可能、焼却処分となりました。

衛生局の分析で、地下から毒性の強い細菌や命に関わる物質が大量に検出。

作業員に対し使い捨てのジャンプスーツを支給し、全員に髭剃りを禁止。

放射能汚染された環境より危険度が高かったようです。

 

ゲイシー、多重人格の芽生え

逮捕後のゲイシーは、精神鑑定のためにシカゴのセルマック精神病院へ移送されます。

 

そこでゲイシーは「私の中には4人の”ジャック”がいて、4人目の”ジャック・ハンリー”が全てを引き起こした」と証言しました。

 

この証言の3ヶ月前、1978年9月27日に伝説の多重人格者「ビリー・ミリガン」が新聞の一面を賑わせていました。

 

ハイ。わかりますね

 

大嘘です。

その後多重人格であることを延々主張し続けますが、「詐病」だと見なされて有罪判決。

12回の死刑判決と21回の終身刑判決を受けました。

 

それでも自分が持つ億を超える資産を使って、20回以上の上訴、模範囚のフリ、「自分を妬む者の陰謀説」を主張。

最後まで悪あがきし続け、14年間刑の執行を遅らせました。

 

ゲイシー、「文通」を始める

殺人鬼に興味を持つ人間は結構いるようです。

ゲイシーへ手紙を送ったジェイソン・モス(18歳)もご他聞に漏れず、ゲイシーに興味があったようでした。

個人情報保護法なんてなかった当時、ゲイシーは模範囚の立場を利用しジェイソンの家の電話番号をゲット。

電話で話をするようになります。

 

ゲイシーは、14年の囚人生活に飽き飽きしていたんでしょうか。ジェイソンに対し「人殺しをした本当の理由を聞きたくないか?」と言いだし、刑務所で自分と面会するように持ちかけました。

 

もちろんこれは罠。

自分の信用をフルに使い、面会室で看守抜きの2人きりになれる状況へ持ち込み、監視カメラの死角へ連れて行くと

少年に対し暴行を加え始めました。

乱暴に服を脱がせようとするゲイシー。

間一髪で看守が通りかかったことで、行為は未遂に終わります。

この犯行がゲイシーのトドメを刺しました。

 

1994年5月10日、深夜に看守に連れられて監房から出たゲイシーは、最後の晩餐としてケンタッキーフライドチキン(バケツ)、フライドポテト、エビフライ12本、イチゴ、ダイエットコークを食した後に、薬物注入室へ。

 

通常7分で執行が終わるはずが、何かの手違いにより注入された3種の薬物にムラが出たことで20分も苦しんだ後に、この世を去りました。

 

最後の言葉は「消え失せろ」

 

ジェイソン・モス少年は、以前にも服役中の凶悪犯たちと文通を行い、深層心理を研究することが趣味だったようです。

この事件以降、鳴りを潜めたようですが。

少年はその後、『連続殺人犯の心理分析』という本を執筆し、犯罪被害者の弁護士となりましたが、2006年6月6日に自宅で自殺を遂げています。

 

ゲイリーの趣味

服役中の14年間で、ゲイシーは多くの絵画を作成しました。

その一部はジョニー・デップも所有しているほどで、シリアルキラーマニアの中でかなりの高額で取引されています。

その多くは彼自身が扮していたピエロの絵でした。

ピエロのポゴとして活動している間は、自分自身を取り戻せていたのかもしれません。 

 


Warning: file_put_contents(): Only 0 of 86 bytes written, possibly out of free disk space in /home/gandalf/gandalfnet.com/public_html/wp-content/plugins/ewww-image-optimizer/common.php on line 9466