ストゥーレ・ベルグワール:スウェーデン史上最悪のウソつき男。通称:トマス・クイック

ストゥーレ・ベルグワール:スウェーデン史上最悪のウソつき男。通称:トマス・クイック
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どーも皆さんこんばんわ

ゲーム探偵でお馴染み、ガンダルフと申します。

 

友人が焼肉LINEをしつこく送ってくるため、明日は会社に血の雨が降り注ぐでしょう。

戒名を考える時間だけは与えてあげようと思います。

今日は久々に配信のトレーニングするからと、焼肉を断ったのは確かです。しかし別にウソを付いたわけじゃないんですからいいじゃないですか。

 

そんな感じなので、今日のテーマは”ウソ”

サイコパスといえばウソが付き物ですが、今日ご紹介するサイコパスのウソには度肝を抜かされました。 

 

 

ストゥーレ・ベルグワール

 

スウェーデン史上最悪のシリアルキラーと呼ばれた男

別名:トマス・クイック

 

幼少期

スウェーデンのコルナスという寒村で生まれた6人兄弟の一人である彼には、それはそれはつら~い過去があるそうです。

”あるそうです”というのは、彼自身がそう言っているだけで他に裏づけは一切無いからです。兄弟からも「ウソツキ病である」と評されていました。

 

 

ストゥーレいわく、幼少時代は父から常にレイプされる悲惨な生活を送り、母さえもそれを止めず、逆に虐待を繰り返してきたと述べます。

ストゥーレが11歳になった時、父から飽きられたのか嫌悪感を感じられたのか、レイプが止まったそうです。しかしこの体験により、異常なセックス観念が彼に植え付けられたと語っています。

 

 

12歳の頃には、日本でも一時流行した危険なゲームである

「首絞めゲーム」

コレを学校の友人たちとシャワーを浴びながら試していました。

彼の目的は

気絶した友人のチンコ

友人のチンコを、気を失っている間にもてあそぶ事が止められなかったようです。

ストゥーレいわく、友人は全く気付いていなかったと述べています。

 

14歳を過ぎ、彼に一人の友人が出来ました。

スウェーデン中を車で旅行する20代の男性は、その目的が

「スウェーデン中の若い男の子にイタズラすること」

だとストゥーレに語り、魅力を感じたストゥーレも彼についていきました。

後部座席でアナルセックスに興じる20代男

運転席でオナニーに興じるストゥーレ

想像したらたまったもんじゃねぇな……。

 

たびたびストゥーレを連れてスウェーデンを車でドライブし、チボリの森に着いたとき

最初の事件は起こります。

 

最初の事件

同い年のトーマス・ブロムグレンという少年と「お友達」になったストゥーレは、彼を森の中に誘います。

 

さぞ楽しい時間を過ごすのかと思った矢先

力いっぱい少年の首を絞めました。

息をしなくなった少年に対し、思う存分ペニスをいじくり回した挙句、シャツを奪って少年の遺体を森に隠しました。

 

帰りの車では、20代男と絶対に秘密を守る事を誓わせます。

20代男も、気が気じゃなかったでしょうね。

それから彼がストゥーレと共に狩りに出たという話は聞きません。

 

それから1年後、ストゥーレは新たに見つけた8歳の少年にイタズラを働きます。

しかし強く拒まれたことに激昂し

川へ突き落とし、息の根を止めました。

 

結局この事件は目撃者が現れず、スグに調査は打ち切り。

この頃から、だんだんと薬物に依存するようになりました。

 

精神病院へ

 

クスリがバレたのか、その後彼はリハビリ施設に送られますが、そこでも13歳の男の子を絞め殺しました。

病院での清掃活動などの合間にも、一人を絞め殺そうとし告訴され、警察は彼を殺人未遂で逮捕。

3年の刑に処された後、精神病院へ送られることに。

 

1990年には16歳の少年と共に銀行を襲い、銀行経営者の家族を人質にとって逃げ出しましたが、結局逮捕されて刑務所へ。

期間は分かりませんが、この実刑はそう長いものではなかったようで、彼はこれを自らのダークサイドと決別するチャンスと捕らえて

コレまでの罪を全て告白します。

 

その数なんと30件

これまでスウェーデンでそのような大規模な犯罪記録は無く、告白の中には幼児虐待以外にも、人肉を食したという内容もあり、9歳の少女から23歳の娼婦と様々な対象に対し、悪行を行ったと語っています。

これにより、”スウェーデン史上最悪のシリアルキラー”と称されるようになりました。

 

結果告白のうち8件の殺害容疑をかけられ、うち6件が有罪判決。

強盗事件の裁判で、ストゥーレは精神医学的に監禁が必要な患者であるとされ、精神病院に拘束されることになります。

 

このとんでもない殺人鬼の公判は1994年からスタートし、スウェーデン中が注目する中でメディアが明かしていく罪に人々は閉口しました。

 

彼はコレまでの悪の所業を全て認め、むしろ病院にインタビューに来た記者を通じて本まで出版するほどに事件の全容を明かしていきます。

 

しかし、実は明かされていない秘密が1つ残されていました。

 

衝撃の事実

 

ストゥーレは2001年に自らの事件に関して

突然、口を閉ざします。

 

その後”約7年間”という長きに渡り沈黙を貫いた彼の心境は、いったい何を思っていたのでしょうか。

 

その沈黙が破られたのは、2008年のこと。

 

彼はぽつりと口にしました。

 

「私は、どの罪も犯していない」

 

 

衝撃の一言に周囲は慌てふためきます。

たしかに、彼の犯行や刑を確定した事件に対しての法医学的証拠は一切なく

全ては彼の自供のみによる判決だったんです。

  

公判当初から彼が犯人であるという主張に対して、疑いの声も多く上がっており、1980年に殺害された11歳の少年は、別の犯人がいることを被害者の家族が主張しています。

 

その上ストゥーレの証言中には、不安とパニック発作の治療薬が投与されていたことがのちに判明。

 

っていうか、ストゥーレ言っちゃった

 

「重要人物だと思われたかったんだ」と

全てがウソだったと。

 

 

結局公判資料を検証した後、彼の有罪を決定するに足る証拠は見つからなかったそうです。

 

その上彼の幼少期の壮絶な家族からの虐待も、ウソだったことが判明。

この事実により、警察のずさんな捜査と公判による冤罪被害者なのではないかとして、世間から再度注目を浴びることになりました。

 

現在の彼は、「人格障害」に苦しむ被害者ではあるものの、精神病院に収容しておく必要は無いとされ、アルコール類や薬物の禁止、定期的な治療、新居に移った後も地元当局の支援を受けることを条件に、病院から釈放されています。

 

それどころか、最近はTwitterやブログやっています。

 

Twitterには、「私が無罪放免になったということは、司法の不祥事があったという事だ。私が施設に収容されたのは、私自身の精神衛生上の問題ではなく、判事達や施設の名声のために行われた」とか書き込む始末。

 

ウソをつき続けたストゥーレ本人を責めるべきか、証拠不十分であるにも関わらず刑に処した法機関を責めるべきか。

 

もうわっかりません!


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