ヘンリー・リー・ルーカス①:サイコパスから生まれたサイコパス、その人生はあまりに悲しく

ヘンリー・リー・ルーカス①:サイコパスから生まれたサイコパス、その人生はあまりに悲しく
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どーも皆さんこんばんわ

ゲーム探偵でおなじみ、ガンダルフと申します。

 

炭水化物を抜き始めて、早くも二週間が過ぎました。

よく抜いてる人は「いや~、もう米とかいらないな~」とかよく言いますね。

 

アホかボケ

あまりに馬鹿らしくて、暴言を二個重ねていくスタイルでお送りいたしました。

糖質は必要なの。脳の栄養素は糖質以外にもケトン体が~とか聞くけど、赤血球を作るためにも実は糖質が重要だったりするの。

とか学術的なこと書いとけば頭よさそうに見えるけど

 

本当は炭水化物だいすき~!!

 

人生の喜びってのは、生きるためには必要不可欠。

瘦せるために糖質を抜いていますが、痩せたらまた糖質を食います。

太ったらまた糖質を抜きます。実は今回で糖質オフダイエット3回目です。

 

喜びのために何度も繰り返す。

今日ご紹介するのはこんなサイコパス。

 

ヘンリー・リー・ルーカス

(1936年8月23日~2001年3月13日)

 

映画「羊達の沈黙」などで有名な「ハンニバル・レクター」のモデルの一人

 

幼少期

ヘンリーは1936年8月23日の早朝、11人兄弟の末子としてバージニア州ブラックスバーグで生まれました。

 

何がすごいってこの両親、父のアンダーソンはアル中の鉄道員で、酔っ払って線路に落ちた際に列車が両足を切断し「ノーレッグス」というあだ名で呼ばれる人。

もっとすごいのは母親のほう。母のヴィオラもアル中の売春婦で、実は女の子が欲しかったのにヘンリーが男の子であったことに絶望。

この頃からヴィオラは主婦業をネグレクト。部屋の掃除や食事の用意などを全て放棄し、家族全員を口汚く罵りつつ、意味も無く棒で父や子供を殴りまくるバイオレンス母さんでした。

 

ヴィオラは時に「顧客」「彼氏」を家に呼び

家族にセックスを見せ付けました。

狭い家の寝室へ家族を呼び、見ていないとまた棒で殴る。しかし、父親は

 

 

ヴィオラにぴったりのマゾヒスト

殴る蹴るの暴行や、彼女の罵りに対して「興奮して喜んでいた」とのちにヘンリーが語っています。

足を切られた時は、どんな表情で喜んでいたんでしょうか。

 

凄惨な家庭環境

こんな凄まじい家庭環境のなか、ヘンリーがまともに育つはずがありません。その日に食べるものを街の農場や商店から盗み出し、つねにギリギリの生活を強いられていました。

家族の家計は「ムーンシャイン」と呼ばれる、アメリカによくある密造酒販売によって支えられており、10歳のヘンリーもこの頃からお酒を飲むようになります。

ヘンリーを「ヘンリエッタ」と呼び女装をさせて、馬鹿にして殴ることもよくあったヴィオラは、あるときヘンリーが口答えをした時に

 

 

彼の頭を丸太でパッカーン

頭皮は裂け、骨にヒビが入り、ヘンリーはそのまま丸一日昏睡状態

ヴィオラの「彼氏」だけが、警察を恐れてヘンリーを病院へ連れて行きましたが、ヴィオラは「ハシゴから落ちた」と証言し事なきを得ます。

 

 

ヴィオラは息子のヘンリーを酷く憎んでいたようで、「お前は死ぬまで私の奴隷」「悪魔から生まれた生き物なんだから、当然お前も悪魔なんだ。腐ったろくでなしとして生きろ」と罵倒を欠かさず、その度にまた殴る蹴る。

しかしごく稀に優しい面を見せることもあり、ヘンリーがラバを飼いたいと言った際、ヴィオラはラバの子供をヘンリーに与えたことがありました。

 

 

ヘンリーも大喜び。ラバもヘンリーに懐き、寝食を共にするほどの仲良しになりました。

ヘンリーに「ラバは気に入ったかい?」と問いかけ、嬉しそうな笑顔と「気に入ったよ!」という返答を聞いたヴィオラは

 

 

ラバを撃ち殺します。

ただ、コレをしたいがためにラバを買い与えたんです。

 

父のアンダーソンは、雪の日にヴィオラの手で外に引きずり出され、その後肺炎により亡くなりました。

父の死により、ヴィオラのヘンリーに対する虐待はさらに増しました。

 

ヘンリーの趣味と最初の殺人

13歳まで、ヘンリーはヴィオラの恋人から教わった遊びに大ハマリしました。

 

獣姦です。

動物とセックスするために動物を囲っていたほど危ない少年に成長したヘンリーは、盗みも以前より酷くなります。

 

しかも14歳の頃には17歳の少女をバス停から誘拐し、意識がなくなるまでぶん殴りました。そして人里離れた場所まで引きずりレイプを試みます。

しかし少女は幸か不幸か目を覚まし、叫びだしてしまったため

首を絞めて殺し、その後にセックスをしました。

ヘンリー自身は「殺すつもりはなかった」と述べており、この事件自体も30年後にヘンリーが証言するまで未解決事件でした。

「立ち直るまでに長い時間を要した」とも語りましたが、この立ち直りは決してよい方向へは向かいませんでした。

未成年の逮捕

 

19歳になったヘンリー。この頃には他の兄弟は家から逃げ出し海軍に入ります。自分への虐待が増えることを恐れて、ヘンリーは無作為に町のをうろつくようになりました。

ターゲットを見つけては窃盗を繰り返すヘンリーが逮捕されるまで、そう時間は掛かりません。

 

逮捕の後にボーモンド・ボーイズ・トレーニング・スクールへ収監された彼は、記録によると暴力的で脱走の常習犯だったそうです。

また、黒人の受刑者と友達になりましたが、刑務所の監督官から言わせるとその関係は

セックスフレンド

だった様子。

 

 

一年後に釈放された翌日には、12歳の女の子をレイプしたヘンリー。その後の彼は農場で働くようになりました。そこで様々なスキルを学び、全うな生活に

 

 

入ることなく再度事件を起こして逮捕。

ココでは成人していた為、4年間バージニア州刑務所で奉仕活動を行いました。

 

 

刑務所生活に慣れた1956年5月、田舎の道の清掃活動に従事していた最中に、ヘンリーは車を盗んでオハイオ州へ逃走。

次に逮捕されるまで 2ヶ月の間逃亡生活を続け、州を跨いで盗品を売りさばく日々を送りましたが、そこでヘンリーは

ステラという女性と恋に落ちます。

 

ヘンリーの恋模様

1959年9月に釈放された後、ミシガン州に住む姉のオパールの下へ身を寄せ、そこでステラに連絡して短いデートを繰り返したのちに、ヘンリーは彼女に婚約を願います。

ステラはこれに同意して、ヘンリーは彼女と共に残りの人生を生きることに決め、まともに働くことを決意しました。

 

しかし……、来ちゃったんです。

 

 

ヴィオラが。

 

ヴィオラは彼に家に戻るよう説得しましたが、ヘンリーはこれを拒否。加えてステラに対する激しい侮辱。

ステラは、自分が関わっていい家庭じゃなかったことを理解し、ヘンリーの下を去りました。

 

その後も何度も姉の家を訪れて家に戻るよう説得を繰り返すヴィオラでしたが、絶対に言うことを聞かないヘンリーにある時大激怒します。

近くにあったほうきを手に取り、ヘンリーの頭をフルスイング。

とうとうヘンリーの怒りは臨界点を超え

 

ヴィオラの首をナイフで深々と切り裂きました。

 

倒れこみ動かなくなる母親を見た彼は、自分の手に握られていたナイフに気が付き、驚きのあまり部屋の電気を全て消し、自身の車に乗り込みバージニア州へ走り出しました。

 

実はヴィオラはまだ生きており、姉が家に帰った際に血だまりの中に倒れる母を見てすぐに救急車を呼びました。

しかし出血量があまりに多く、搬送中に死去。

警察の公式報道では、「急襲された後に、心臓発作で死亡」とされています。

 

つづく

 


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